弾道研究所(BRL)
詳細情報
- 所有者
- 米陸軍、メリーランド州アバディーン試験場
- 期間
- 1938–1992年
- 種別
- 軍の研究所
- 主な実績
- ENIAC、EDVAC、ORDVAC、BRLESCの発注
メリーランドにあった米陸軍の計算研究所。初期のアメリカ製コンピュータの大半を発注したのは、射表が銃砲の開発に追いつかなかったという一つの理由からだった。
BRLは1938年にアバディーン試験場で設立され、ただ一つの大きな任務があった。射表のもとになる弾道を計算することだ。銃と砲弾の組み合わせが新しくなるたびに数千本の弾道が必要で、それぞれが数値積分であり、卓上計算機を使う人間が丸一日以上かけていた。研究所はまさにその作業をする数百人を雇い、ムーア電気工学校の微分解析機の利用時間も使った。第二次世界大戦中も、待ち行列は処理能力より速く伸びた。
解決策は機械の発注だった。ENIACの契約は1943年6月に結ばれ、陸軍側の連絡役はフィラデルフィアのハーマン・ゴールドスタイン中尉が務めた。ENIACは1947年にアバディーンへ移り、1955年10月まで稼働した。EDVAC、ORDVAC、そして自前のBRLESCが続いた。1950〜60年代には、稼働中の米国の計算機システムを網羅した調査報告も定期的に出した。全部を1冊に収められた時代である。BRLは1992年に陸軍研究所に吸収された。