UberMUD
初期のMUDサーバー。ゲームのルールはサーバーのソースではなく、世界の内側にあるプログラミング言語で記述された。
Marcus RanumがUberMUDを書いたのは1990年ごろ、TinyMUDと同じ時期である。当時としては過激な発想で、サーバー自体はゲームについてほとんど何も知らず、部屋もコマンドも、物を拾ったときの挙動もすべて、データベースに保存された独自言語Uで表現された。ルールを変えるにはコンパイラではなく、世界の中で作業すればよかった。
UberMUDはTinyMUDの子孫のように広まることはなかったが、空っぽでプログラム可能な核というアイデアはMOOに再登場して大成功を収めた。Ranum本人は、まったく別の分野、つまりファイアウォールの先駆者のひとりとして、はるかに有名になった。