Bomba kryptologiczna
詳細情報
- 開発者
- マリアン・レイェフスキ、暗号局(Biuro Szyfrów)
- 年
- 1938
- 種類
- 電気機械式の暗号解読機
- 後継
- イギリスのボンブ(1940年)
ドイツ側がメッセージ鍵を2回送るという癖を突いて、開戦の3年前にエニグマを読み始めていたポーランドの機械。
設計したのはマリアン・レイェフスキで、1938年秋、ワルシャワの暗号局(Biuro Szyfrów)でのことだった。製作されたのは6台、3つのローターの並べ方1通りにつき1台である。ドイツの手順では、送信者は電文の冒頭に、選んだローター設定を2回暗号化して付けることになっていた。これにより1文字目と4文字目、2文字目と5文字目、3文字目と6文字目が結びつく。機械は17,576通りのローター位置を約2時間で総当たりし、female、つまり組の両端に同じ文字が現れる状態で停止した。これは正しい設定のときにしか起きない。
1938年9月15日にドイツは識別手順を変更し、12月にはローターIVとVを追加した。ローターの並べ方が6通りから60通りになれば、必要なボンバは60台になる。ポーランドにはその資金も時間もなかった。
1939年7月、ワルシャワ郊外ピルィの森で、ポーランド側は持てるものすべて、すなわち手法、設計図、エニグマの複製2台をイギリスとフランスに引き渡した。チューリングのボンブは別の設計で、識別子ではなく既知の平文を探すものだったが、名前はそのまま受け継がれた。