BINAC (ビナック)
詳細情報
- 作者
- エッカート・モークリー・コンピュータ社
- 発表年
- 1949
- 種別
- プログラム内蔵方式コンピュータ
- メモリ
- 31ビット×512ワード、水銀遅延線
- 発注元
- ノースロップ・エアクラフト
二つのプロセッサが同じプログラムを走らせ、命令ごとに答えを突き合わせた1949年の機械。主に、製作者をほとんど破産させたことで記憶されている。
Binary Automatic Computer(2進自動計算機)を注文したのは航空機メーカーのノースロップで、ミサイル計画用の航法コンピュータとして、機体に積めるものを思い描いていたらしい。届いたのは、二つの筐体で合計700kg近い代物だった。契約額は10万ドルだったが、費用は約3倍に膨らみ、翌年レミントン・ランドに買収されるまで、エッカート・モークリー社は倒産寸前だった。
設計は二重化されていた。同一の演算装置が二つ並び、各命令を並行して実行して、次へ進む前に結果を比較し、不一致なら停止する。真空管がほぼ常時壊れていたという事情から生まれた、初期のきわめて純粋な冗長化だ。メモリは水銀遅延線で、31ビットの512ワード。
BINACは1949年のうちは製造元で問題なく動いた。その後、分解されてカリフォルニアへ送られ、二度とまともには動かなかった。ノースロップは輸送のせいにし、エッカート・モークリーは設置のせいにして、機械は棚上げになった。米国初の稼働するプログラム内蔵方式コンピュータかどうかは、「稼働」の線引きをどこに置くかで決まる。