Utah GLX
詳細情報
- 公開
- 種類
- XFree86用GLXモジュール
- ソースコード
- utah-glx.sourceforge.net
1999年頃、XFree86にハードウェア支援のOpenGLをもたらした最初の試み。描画呼び出しがすべてXサーバーを経由し、1年足らずでDRIに取って代わられた。
2000年より前、フリーなXには3Dアクセラレーションがなかった。Mesaはソフトウェアで描画し、それ以上を望む人は商用のXサーバーを買った。最初の部品がユタ大学で書かれたことから名付けられたUtah GLXは、XFree86 3.3にGLXモジュールを読み込ませ、OpenGL呼び出しをカードに渡すことでその隙間を埋めた。描画は常に間接的で、アプリケーションからのすべての呼び出しがXプロトコルでサーバーに送られ、サーバーがMesaを土台にハードウェアを駆動した。ドライバはMatrox G200/G400、ATI Rage Pro、Intel i810、S3 ViRGE、NVIDIA Rivaに存在し、最後のものはNVIDIAが閉じたドライバに切り替える前に自ら提供したコードに基づいていた。
このモデルには天井があった。すべてをサーバー経由でコピーするとCPUとバスの帯域を食い、速いゲームでは差が出る。Precision Insightは直接レンダリングを選んだ。クライアントがカーネルモジュール経由でカードと直接やり取りし、サーバーは誰の番かを管理するだけだ。これが2000年3月のXFree86 4.0で出荷されたDRIとなり、Utah GLXはその後まもなく静かになった。Matroxなど、そのドライバのいくつかはDRIに引き継がれた。