ロイ・トラブショー
1978年に最初のMUDを書いたエセックス大学の学生。卒業が迫ると、それをリチャード・バートルに託した。
トラブショーが学んでいたエセックス大学には、DEC PDP-10があった。1978年の秋、彼は複数人が同時に歩き回れるテキストの世界、MUD1の最初のバージョンを書いた。当初はMACRO-10アセンブリで、のちにBCPLで書き直された。エンジンとデータベースは彼が作ったが、ゲームの中身はまだ薄かった。
1980年に彼が卒業すると、同級生のリチャード・バートルが引き継ぎ、世界を肉付けして本物のゲームに仕立てた。同じ年、エセックスは実験的にARPANETと接続され、部外者がログインしてくるようになった。トラブショーはその後、この分野からほとんど身を引いた。ひとつのゲームジャンルを始めておきながら、そこでキャリアを築こうとしなかった数少ない人物である。