航海暦(Nautical Almanac)
160年にわたり、在宅の計算者を抱えた「計算工場」として運営された英国の航海暦。科学的事業としては初めて、パンチカード機械に仕事を委ねた。
王室天文官ネヴィル・マスケリンが、1767年版となる第1巻を1766年に刊行した。中身は月距表で、月と選ばれた恒星の角距離を1時間ごとに記したものだ。船長はこれからクロノメーターなしで経度を割り出せた。計算は在宅の人間計算機が、月ごとの報酬で担当した。すべての値は、互いに顔を合わせないよう隔てられた二人が別々に計算し、三人目の照合者が突き合わせた。誤り検出としての二重計算は、チェックサムより200年も早い。
1928年、当時副責任者だったレスリー・コムリーが、パンチカード機器を使ってブラウンの月理論から月の位置を計算した。ユニットレコード機器の大規模な科学利用の最初とされる。彼は1930年に責任者となったが、海軍省の機械で私的な受注仕事をしたとして1936年に解雇された。すると彼はScientific Computing Serviceを設立する。解雇の原因となったまさにその商売を土台にした、世界初の商業計算センターだった。