イェジ・ルジツキ
詳細情報
- 生誕
- 没
- 代表的業績
- 時計法
- 国籍
- ポーランド
エニグマに挑んだポーランド人三人組の最年少。時計法の考案者で、1942年に北アフリカからの帰途で溺死した。
ルジツキは、1932年以降に暗号局がエニグマに当たらせた3人の数学者の一人である。自身の発明である時計法(1933〜34年)は、暗号文の挙動を比べることで、その日どのローターが右端にあるかを割り出す手法で、ポーランド側の攻撃の連鎖の中で小さいが欠かせない歯車だった。
ポーランド陥落後も、南フランスの仏波合同傍受局カディクスで仲間とともに任務を続けた。1942年1月9日、アルジェからの帰路で客船ラモリシエール号が地中海に沈み、ルジツキは32歳で亡くなった。沈没の原因は今も議論が分かれている。ブレッチリー・パークでエニグマの通信が大規模に読まれるのを、彼は見ることがなかった。