X11/NeWS
どちらかを選ぶのを避けたSunの答え。X11とNeWSを同じプロセスで話すウィンドウサーバで、1993年まで延命された。
1980年代後半、SunはNeWS、つまりジェームズ・ゴスリングのPostScriptベースのウィンドウシステムに賭けていたが、業界の他社はX11に落ち着いた。Sunは諦めず、両方を扱うサーバを作った。X11/NeWSは1989年にOpenWindows 1.0とともに出荷され、X11の実装とPostScriptインタプリタを同一プログラム内に持ち、画面の状態を共有した。そのためXViewのウィンドウとNeWSのプログラムが重なっても、クリッピングが正しく働いた。olwmウィンドウマネージャはOPEN LOOKの枠をNeWS側で描き、Display PostScript風のグラフィックスも使いたい人にはついてきた。
だがサーバは大きく、起動が遅く、X Consortiumのリリースに追従するのも大変だった。新しいX11が出るたびにSun独自のコードへ織り込む必要があったからだ。NeWS側のソフトウェアはほとんど書かれず、二重構造は収入を生まないコストになった。1993年、Solaris 2.3のOpenWindows 3.3でSunは素のX11R5サーバXsunに切り替え、NeWSは静かに消えた。戦いに負けたというより、戦場に誰も来なくなったために引退した、珍しい例である。