トレヴァー・ピアシー
詳細情報
- 生誕
- 没
- 代表的業績
- CSIRAC
- 国籍
- イギリス系オーストラリア人
オーストラリア初のコンピュータで、世界最初期の5台のプログラム内蔵式機械の一つ、CSIRACの設計者。
ピアシーはロンドンで数学と物理学を学び、戦時中はレーダーの仕事をしたのち、1945年にシドニーのCSIR放射物理学研究所に入った。そこでCSIR Mk 1、のちのCSIRACのアーキテクチャを設計し、電子回路は技術者のマストン・ビアードが担当した。機械は1949年11月に初めて動き、水銀遅延線と約2000本の真空管で構成されていた。
ピアシーは行く末を早くから見通していた。1948年の時点で、一台の機械が一国の定型計算をすべてこなせるかもしれないと書いている。世界中のコンピュータが片手で数えられた時代には、荒唐無稽に聞こえる予言だった。それでも彼はコンピュータ史の周縁にとどまった。脚光を浴びたマンチェスターやケンブリッジのグループから地球の反対側で仕事をしていたことも一因である。