セレクトロン管
詳細情報
- 作成者
- Jan Rajchman、RCA
- 公開年
- 1948年
- 種類
- 静電記憶管
IASマシンがそれを前提に設計されたのに、間に合わなかった記憶管。
Jan Rajchmanは1946年にRCAで、走査ラスタ上の輝点ではなく、個別にアドレス指定された点に電荷を保持する管の開発を始めた。理屈の上ではこちらが優れた技術で、アドレス指定は位置ベースではなく直接指定、設計上は1本あたり4096ビットを保持するはずだった。この約束を信じて、von NeumannはIASマシンにセレクトロン40本を指定した。
約束は製造段階で果たされなかった。大型版は許容できる歩留まりでは作れず、RCAが1948年についに出荷したのは1本約500ドルの256ビット品だった。プリンストンは諦め、市販のオシロスコープ管から作れるウィリアムズ管を採用した。
セレクトロンで動いた唯一のマシンは、80本を使ったRANDのJOHNNIACである。その後磁気コアメモリが登場し、数年のうちに静電記憶の系統全体が時代遅れになった。少しだけ優れていて数年遅れた技術の、お決まりの死因である。