シッカートの計算時計
詳細情報
- 考案者
- ヴィルヘルム・シッカート
- 発表
- 1623年
- 種類
- 機械式計算機
- 後継製品
- パスカリーヌ(1642年)
知られている限り最初の機械式計算機は、完成前に焼失し、世界がその存在を知ったのは3世紀後だった。
ヴィルヘルム・シッカートはテュービンゲンでヘブライ語、天文学、数学を教え、惑星の軌道を手計算していたヨハネス・ケプラーと文通していた。1623年、彼は6桁の加減算ができる「計算時計(Rechenuhr)」を記述した。歯車列が十の位への桁上げを自動で行う。上部には乗算用にネイピアの骨を回転円筒に載せ、下部には途中結果を記すための真鍮のダイヤルが並んでいた。
ケプラーのために作られていた1台は、1624年の工房火災で失われた。シッカートは1635年にペストで家族の大半とともに亡くなり、書簡は忘れられた。そのためパスカルが300年間、功績を独占することになった。スケッチは1930年代と1950年代に再発見され、1960年に動作する復元機が作られた。ただし、機械式の桁上げが6つの歯車すべてに確実に伝わったのかどうかは、今も議論が続いている。