パーシー・ラッドゲート
詳細情報
- 生年月日
- 1883年8月2日、スキバリーン
- 没年月日
- 1922年10月16日、ダブリン
- 主な業績
- 1909年の解析機械、アイルランド式対数
- 国籍
- アイルランド
ダブリンの会計士が、1909年にバベッジとは無関係に世界で2番目のコンピュータを紙の上で設計した。設計図を求める者が現れる前に亡くなった。
ラッドゲートは夜間に会計学を学び、夜な夜な図面を引いた。1909年4月に王立ダブリン協会から出た論文「提案された解析機械について」には、プログラム制御の汎用機械が記されている。20桁の十進数からなる変数が192個、回転するシャトルボックスの中のシャトルに保持され、プログラムは穿孔テープ、条件分岐も備えていた。バベッジの仕事を知ったのは、自分の設計に着手した後だった。
真の功績は乗算の仕組みにある。繰り返し加算の代わりに、本人が「アイルランド式対数」と呼んだ手作りの表を使った。各数字に小さな整数の指標を割り当てておけば、積は指標の加算と逆引きで求まる。おかげで乗算が安くなり、機械全体が長さ70センチ足らずの箱に収まる。部屋を埋めるバベッジの歯車機構とは違い、持ち運べるコンピュータだった。
実機は作られなかった。ラッドゲートは戦時中、アイルランドのオート麦収穫の物流に携わり、1922年に39歳で肺炎のため亡くなった。図面は今も見つかっていない。残るのは1909年の論文と1914年の短い記事だけで、これが人類で2番目のコンピュータ設計について知られることのすべてだ。