ニマトロン
詳細情報
- 開発者
- エドワード・コンドン、ジェラルド・トーニー、ウィラード・デア
- 発表
- 1940年
- 種別
- リレー式ゲーム機
- 所有
- ウェスティングハウス・エレクトリック
- 特許
- US 2,215,544
1940年、たった一つのゲームを来場者と戦うためだけに約1トンのリレーを組み上げた機械。勝率は9割だった。
ウェスティングハウスの物理学者エドワード・コンドン(のちの米国標準局長)が、ジェラルド・トーニーとウィラード・デアとともに設計した「ニム」専用機である。ランプが4列並び、来場者は1列から好きな数だけ消し、機械が応じる。最後のランプを消した側が負けだ。ニムには、1901年にチャールズ・バウトンが発表した2進数の「ニム和」による必勝法があり、これをそのままリレー接点で実現できた。機械はランプの状態以外に何も記憶する必要がなかった。
1940年のニューヨーク万国博覧会では約10万回対戦し、約9割に勝った。勝った人には「Nim Champ」と書かれたトークンが渡されたが、それが出る機会は少なかった。特許は同年に成立し、記述はあくまで「ゲームを行う機械」でしかない。コンドンに展示以上の野心はなかった。
それでも、純粋に遊ぶために作られた最初の機械という点は動かない。11年後には英国フェスティバルでフェランティのNimrodが真空管で同じことを行い、こちらが「最初のビデオゲーム」と呼ばれることが多い。ニマトロンのほうが先で、重く、画面すらなかった。