ミルとストア(バベッジ)
バベッジが解析機関を演算部と保持部に分けた構成。後にALUとメモリの間に引かれる線と同じものである。
チャールズ・バベッジは1837年に解析機関の設計を始めると、機械を二つの器官に分け、その名を織物産業から借りた。パンチカードを借りたのと同じ業界である。ミル(製粉機)は、与えられた数に四則演算を施す。ストア(倉庫)は演算の合間に数を保持し、50桁の十進数を1000個収める計画で、歯車の列がそれを担った。数は挽かれ、完成品は倉庫に収められる。
この分離は自明ではなかった。階差機関にはそれがなく、計算は記憶用のレジスタの中で、レジのように行われた。計算の場所と数の置き場所を分けたことで、バベッジは質的に異なるものを手にした。命令がどの数を取り出すかを指定しなければならない機械であり、そこからアドレッシング、条件分岐、ループが必要になる。1世紀後のフォン・ノイマン型アーキテクチャも同じ線を引き、さらにプログラムもストアに置けるという発想を加えた。