GOSIP
Government OSI Profile。調達ルールを使ってOSIプロトコルを無理やり普及させ、TCP/IPを葬ろうとした各国政府の試み。
1980年代、ほとんどの政府と通信事業者は、将来のネットワークは米国の研究用ネットワークの急ごしらえのTCP/IPではなく、OSIで動くと当然のように考えていた。米国は1988年にGOSIPをFIPS 146として公表し、1990年からは連邦機関がOSI準拠の機器を調達することになっていた。英国など複数の国も独自のプロファイルを持ち、ベンダーはどの入札でもOSI対応を約束した。
ところが、TCP/IPはすでに動いており、仕様は無料で読め、BSDにも標準で付いてきた。一方のOSI製品は高価で、納期は遅れ、互いに接続できることもまれだった。結果として、各機関は書類上ではOSIを買い、実際にはTCP/IPを運用した。1995年の改訂版でインターネットプロトコルが認められたが、これは事実上の降伏だった。プロトコル戦争を決着させたのは布告ではなく、すでに本番で動いていたものだった。