クルタ
詳細情報
- 設計者
- カート・ヘルツシュタルク
- 発売
- 1948年
- 種類
- 機械式携帯計算機
- 製造元
- コンティナ社(リヒテンシュタイン)
ペッパーミルほどの大きさの手持ち四則計算機。設計図はブーヘンヴァルトで仕上げられた。
カート・ヘルツシュタルクはウィーンで父の精密機器工場を切り盛りしていたが、1943年に逮捕されブーヘンヴァルトへ送られた。SS(親衛隊)は彼が精密機械の技術者だと知るとグストロフ工場で働かせ、戦前に構想していた計算機の設計を続けさせた。完成品をヒトラーへの戦勝記念品にするつもりだったのである。図面は完成したが、贈り物は実現しなかった。
1945年4月に解放されたヘルツシュタルクは数か月で試作機を作り、1948年にリヒテンシュタイン公フランツ・ヨーゼフ2世の出資で生産が始まった。設計はライプニッツの階段形歯車を一本の円筒にまとめ、補数用の歯を加えたものだ。ハンドルを押し下げずに引き上げると、引き算が9の補数の足し算になる。
1970年に生産が終わるまでに約14万台が作られた。ラリーのドライバーは1970年代まで時間・速度・距離の計算に使い続けたが、電卓の登場で計算は電子式になり、ずっと味気なくなった。