スヴェン・ヤシャン(Sven Jaschan)
2004年に Netsky と Sasser の両方を書いたドイツの少年。事件を解決したのはフォレンジックではなく、マイクロソフトの懸賞金だった。
Netsky はメールの添付ファイルとして広がり、MyDoom や Bagle といった競合ワームを削除する機能まで備えていたため、2004年の春はウイルス作者同士の抗争の様相を呈した。5月に現れた Sasser はユーザーの操作を一切必要とせず、数週間前にマイクロソフトが修正していた Windows の LSASS サービスのバッファオーバーフローを突いた。感染したマシンは再起動を繰り返し、航空会社、銀行、官公庁が影響を受けた。
マイクロソフトは25万ドルの懸賞金をかけており、知人からの通報で警察はニーダーザクセン州ローテンブルクのヤシャンにたどり着いた。コードを書いたときは17歳で、2005年に執行猶予付きの少年刑を言い渡された。その直後に、あるセキュリティ企業が彼を雇っている。