モーゼス・シェーンフィンケル
1920年に、論理は変数なしで成り立つことを示した。その手法に名前がついたのは、7年後に再発見した別の男のほうだった。
1920年12月7日、モーゼス・シェーンフィンケル(1889〜1942)はゲッティンゲン数学会で講演を行い、内容は1924年に「数理論理学の構成要素について」として発表された。主張は意外なものだった。引数を動かしたり複製したりするだけの関数がいくつかあれば、述語論理全体を束縛変数なしで表現できるという。コンビネータS、K、Iの3つで十分で、頑張れば2つでも足りる。IはほかのSとKから作れるからだ。
同じ論文には、複数引数の関数を1引数関数の連鎖に書き換える手法も含まれていた。ハスケル・カリーが1927年に独立して再発見し、組合せ論理を一つの分野へ育てたため、この手法は彼の名で呼ばれる。シェーンフィンケル自身はモスクワに戻り、病気と貧困の中で消息を絶った。残された論文は、暖を取りたい隣人に燃やされたと伝えられる。60年後、SK簡約は遅延評価型関数型言語の実行モデルとして復活した。