Facit
ピンホイール式計算機を輸出産業に育てたスウェーデン企業。のちに、技術が足元で変わったときの市場リーダーの末路を示す教科書的な事例になった。
名前は、カール・ルーディンが1918年頃に設計し、小さな町オートビダベリのAB Åtvidabergs Förenade Industrierが製造した計算機に由来する。1942年、同社はヨーテボリのAB Original-Odhnerを買収した。1870年代にサンクトペテルブルクでスウェーデン人W・T・オドナーが考案したピンホイール機構は、これで恒久的にスウェーデン産業のものとなった。
1950〜60年代、Facitは世界最大級の機械式計算機メーカーで、人口数千人の企業城下町で数千人を雇った。そこへ電子式卓上計算機が登場し、機械式の市場は緩やかに衰えるというより、数年で蒸発した。1973年にエレクトロラックスが会社を引き継いだ。その間、Facitの資金は地元のサッカークラブÅtvidabergs FFを支え、同クラブは1972年と1973年にスウェーデンリーグを制した。ちょうど資金が尽きる頃のことである。