ルイ・クフィニャル
1930年代の早い時期から二進法の計算機を主張したフランスの数学者。ただし自身の試作は、設計図の段階を出ることがなかった。
クフィニャル(1902〜1966)は1938年の論文で、計算機は十進法ではなく二進法で動くべきだと論じた。ほぼ同じ頃にツーゼとスティビッツも、それぞれ独自に同じ結論に達している。戦後は、パスカル研究所で汎用コンピューターを作るフランスの取り組みを率いた。
プロジェクトは長引き、完成した機械のないまま打ち切られて、フランスは英米に後れを取った。クフィニャルはむしろ理論家、そして初期のサイバネティクス研究者として知られる。二進法の意味が自明になるずっと前に、それを見抜いた数少ない一人だった。