エイブラハム・シンコフ
1941年、パープル暗号機の復元品を携えてブレッチリー・パークへ渡ったアメリカの暗号解読者。
シンコフ(1907–1998)は、1930年にフリードマンが最初に採用した人員の一人である。真珠湾攻撃の10か月前にあたる1941年2月、復元したパープル暗号機を荷物に入れてブレッチリー・パークへ向かった4人のアメリカ人の一人となった。この交換が、英米の信号情報協力の土台を築いた。
戦時中の残りは、マッカーサー麾下の太平洋方面の暗号解読部隊であるブリスベンのセントラル・ビューローで解読を指揮した。NSA退職後はアリゾナ州立大学で教え、1966年に『Elementary Cryptanalysis』を著した。高校レベルの数学だけで古典暗号を学べる薄い一冊で、今も教材として使われている。